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ナウシカのオームの鳴き声は僕のギターなんですよ!
Posted on February 9, 2011 via 雑貨屋メモ on Tumblr with 2 notes
Source: twitter.com
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白川静
白川静は、漢字を通じて、私たちに「古代の息遣い」を伝えてくれる。漢字は、もともとは出来事や観念を図表化したものから始まった。それから甲骨文字、金文など時代の変遷をたどり、中国から日本に伝わったものである。ということは、漢字一つ一つには、その成り立ちがあり、その形には意味があるということ。そのことを白川静は、膨大な資料を俯瞰、鳥瞰、比較、あらゆる検討をおこない、漢字の成り立ちを明らかにしたのである。
ただし、現代の漢字は、旧字体が簡素な表記に改められており、換骨奪胎されている文字もたくさんある。白川氏は、そのことを危惧する。漢字の意味を失うということは、日本人の精神を失うということ。
日本人として、せめて漢字に関しては、正しい知識と認識でいなければと思う。
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高校野球
高校野球は、日本を語ることである。
高校野球は、日本に根ざし、学生スポーツとして他の国では類を見ない発展を遂げてきた。史実にしたがえば、日本の野球は明治初期にアメリカ人教師によって東京大学の学生を相手におこなった「ベースボール」から、始まったとされている。野球の 始まりは学生野球であった。その学生スポーツとして端を発した野球は、のちに野球を専門的職業としてプレーする企業が現れ、「職業野球」が誕生した。のち の「プロ野球」の前身である。「職業野球」つまり「プロ野球」の隆盛とともに、野球は日本の大衆文化として受け入れられ、「ベースボール」から独立して独 自の歩みを進めていくことになる。
日本人の体格に合った戦術、プレースタイルなどが次々と生み出されていく。投手で言えば、サイドスローやアンダースローといった投法が、日本にアジャスト する形で様々な形に発展をしていった。攻撃の戦法でもアメリカ人のような一発長打に頼るのではなく、日本人の敏捷性にあった盗塁、犠打といったプレースタ イルを極めて精緻に作り上げていったのだ。それらのプレースタイルを顕著に受け継いだのが、高校野球だったといえる。また、野球は集団プレーを多く要求さ れるスポーツだ。協調性が重視され、チームプレーが奨励される。そういった「集団性」も、日本人の気質に合致したのだろう。
かくして、高校野球は、日本の中で最も有名な学生スポーツになっていく。
歌人・正岡子規は大の野球好きとして知られる。様々な野球用語を日本語に訳したり(「打者」「走者」「四球」など)、野球に関する俳句も多く残した。その 一句に「まり投げて見たき広場や春の草 」とある。晩年、子規は結核や脊椎カリエスという難病に苦しめられるが、その中で野球への思いは絶やすことなかったという。正岡子規はのちに野球への功績 を認められて野球殿堂入りをはたしている。野球は確かに俳句と合っている。野球には、「間」や「風景」を想起させるものがあるからである。日本人に受け入 れられたのは、そういった要素が「高校野球」に感じ取れたからこそであろう。
高校野球は、そういう背景のなかで、長きに渡る歴史を築いてきたのだ。四季のある日本という風土の中で、北国の北海道から熱帯の沖縄のチームが一斉に集い 行われる「甲子園大会」が「風物詩」たりえたのも、そこに「日本」の景色が見えたからだった。
高校野球から「日本」を感じるのは、その長い歴史からだけではない。私が感じたのは、甲子園でプレーする選手たちの「名前」だった。ある選抜大会のこと。 東北地区の代表チームに、「藤原姓」「佐藤姓」が多いことに気が付いた。「菊地、佐藤和、山崎、佐藤由、藤原正、藤原康・・・」といった具合だ。正確に文 献や統計を見た訳ではないので、断言はできないが、東北地方に「藤原姓」「佐藤姓」が多いのは、ひょっとすると「奥州藤原氏」が関わっているかもしれな い。愛知代表チームをつぶさにみていると、何となく「山田姓」が多いことに目がいく。鹿児島のチームでは「その」が「園」ではなく「薗」になることが多 い。沖縄が「金城姓、大城姓、仲間姓」など、沖縄独特の名前を持っていることにも気が付く。日本人の姓の多くは、その地域に根ざした名前がつくことが多 い。その地方にも存在しない姓というのもある。名前からも、日本の風景を垣間見ることが出来るのである。
名前一つをとってみても、「日本」をこれほど想起できるのである。私が「高校野球」に入り込んでしまったのも、まさに「日本」が見えたからであった。
甲子園観戦のときのことを思い起こしていた。近所から見に来たのであろうラフな格好をした観客の関西弁に混じって、「名古屋弁」や 「広島弁」など多様な方言が聞こえていたことを思いだす。甲子園球場には日本各地から様々な人が集まっていた。独特の蒸し暑い甲子園球場で、北国から 西日本各地から、たくさんの観衆が集まり、試合を見守っていた。観客席には、さまざまな表情を浮かべながらグラウンドを見つめる、いくつもの顔があった。
そこには本来の「日本」があったのだと、今更ながらに思う。 -
和泉宏隆
まるで弾けやしないのに、ピアノ曲をよく聴く。
和泉宏隆というピアニストである。フュージョンバンド、T-スクエアのキーボードとして長らく活躍したあと、現在はソロ、ピアノトリオを中心に活動している。
ピアノの技術的な要素については、何も解らないが、和泉氏の奏でるピアノの音はとても
「やわらかく、やさしい」のである。彼のピアノソロアルバムを買ったあとに、他のピアノ演奏を聴いて、
そのタッチの違いに気づいた。
鍵盤への触り方の違い。指使い(運指)の違い。そういう技術的な部分で、自分の好みの演奏なのかもしれない。しかし、彼の人となりも、
ピアノの音色として響いているのだろう。
彼のソロアルバム「たからじま」のライナーノーツに、このような言葉を書いている。
「僕がピアノを習っていく中で、西洋音楽からは技術的素地を学んだ。
一方、唱歌などの日本音楽からは、ピアノを弾く上で精神的素養を学んだ」
僕が和泉氏の音楽を聴いて、「懐かしさ」を覚えたり、「安堵感」を感じるのは、
そういう彼から滲み出るものを感じ取っているからなのかなとも思う。
銀座のバーで不定期に演奏している機会に、お話するチャンスがあった。
自分がブラスバンド部をしていて、和泉氏の作品である「オーメンズ・オブ・ラブ」や「宝島」などを
演奏したことなど、緊張してたわいもない話に終始してしまったが、私の目をじっと見据えて耳を
かたむけてくれた。「いやぁ、ほんとうにたくさんの人に演奏してもらって嬉しいですよ」
と照れながらウィスキーを傾けていた。その彼の横顔は、格好良かった。
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ターザン山本!
知っている人は知っている。知らない人は知らない。プロレス界にこの人アリといわれたターザン山本!さんである。山本!さんと書くのは、実際に彼の元でライティング術の教えを受け、雑用などをこなした個人的関係があるからである。
いわゆる「キワモノ」キャラとして、業界では名を轟かせている。週刊プロレス編集長時代は40万部という驚異的な売上を記録し、一企業がプロレス大会を興行するという頂点を極めながら、私生活では2度の離婚、30才以上年下の女性との交際、トークショーでの途中退場など、破天荒なエピソードも数多い。
マスコミの正義ぶった報道に対し、プロレス的考えから、「必要悪」などを論じ、アジテーションする。その発想は、彼が独自に考案したわけではないが、それをターザン山本!というキャラクターで発言するところに、意味が生じてくるのだ。彼自身がプロレスラーのようである。
彼から学んだことは、ライティングの技術というよりは、日常の意識から目配せをしてアンテナを全方向に張りめぐらせること。映画、美術鑑賞、あらゆるものが、対象になる。日常会話のやりとりにこそ、創作のヒントなどが隠されていることも、彼に言われて気付いたことだ。
スポーツライティングを書くのに、スポーツの知識だけではなく、あらゆるものを総動員して書くということ。その一点を学んだだけでも十二分に意義があろうというものである。
真のライターとは、自らの身を切り刻んで、文章を紡いでいく人たちである。ただ、今の世の中の現役ライターで、そのことを理解している人間は皆無である。
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松岡正剛
「読書の巨人」というべき、博覧強記の作家。文学、詩、科学などあらゆるジャンルの書籍を読みつくし、その莫大な知識をもって、縦横無尽に「編集」している。日本について、彼が語るのは「多様で一途な国」という見方である。古代中国からもたらされた漢字、戦後、日本を埋め尽くしつつある英語を例にすると、日本はそれらの外からのものを上手に取り入れ(英語に関しては、デザインという表象的な利用に留まっているが)、それを日本流に編集しているということ。それでいて、背骨に一本スジが入ったような国民性がある。
氏が主催している「編集工学」には興味はないが(それはテクニックで読みこなすものではないと思っているので。本人もとりあえずマニュアル化しているような気もする)、氏の著作は、非常に上手にまとめられているので読みやすく、頭に入りやすい。しかし、読みすぎると、自分で考えたことにはならないので、自分で読みつぶし、氏の意見で補完するという姿勢が正しいかと思う。最近はかなりメディアに登場しているが、それもこの「日本って何?」という空気が支配しているからだろう。
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ロバート・キャパ『ちょっとピンぼけ』
従軍記者のカメラマンとしては知らなくても、名前だけは聞いたことがあるはずの、ロバート・キャパ。
兵士が窓辺から倒れこむ姿や、東南アジアで家族が川を泳いで避難しているところを捉えた写真は、どこかで眼にしたことがあるはずだ。
そんなキャパの代表的作品。本職はカメラマンなので、従軍日記のような体(てい)で書き上げられているが、彼の観察眼、抑制された文体が、読者をとらえる。
彼自身、ユダヤ系であり、ハンガリーという複雑な国籍に生まれた。二つの世界大戦という環境の中で、彼は疎外視される立場の人間だった。
しかし、複雑な背景を持つからこそ、キャパの視線は、確かな観察眼と深い洞察力をもっていた。その眼で、カメラを通じて、キャパは戦場の姿を捉え続けた。そこには、悲しさと、温かさと、人間のどうしようもない「矛盾」が映し出されている。
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ついったー
ついったーを始めた。 タンブラーとついったー。 どちらが、私に馴染むでしょうか。
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タンブラー苦闘
いまのところ、なんとなく「つぶやき系」の使い方をしているような気がする・・。
はやく、やり方を覚えねば・・・。いや、強迫観念にする必要はないか・・。
解りやすく書いているタンブラー解説サイトがないんだよなぁ。
苦闘は続く・・。
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岡本太郎
芸術は爆発だ!で有名なゲイジツカ。しかし、書籍もたくさん残し、
形式ばった「芸術論」や「美術鑑賞」を嫌い、その対象を睨みつづけることで、
対象から浮かび上がってくる「なにか」を捉えることに一生を捧げた。
岡本太郎もまた、「西洋中心の美術史観」全体に異議をとなえている。
40年も前の著作だが、この時から状況はあまり変わっていない・・。
むしろ、何から何まで「カワイイ(はぁと)」ですますパープーな女たちの美的感覚、
西欧のデザインを上からなぞり、デザイナーのうわずみだけの感性でつくりあげられた、
1000倍希釈のうすっぺらい商業デザインが、日本中を覆い尽くしているよ。